栄養指導するときに必要な知識といえば何よりも栄養に関するものだと思います。それぞれの病態に応じた食事療法の知識や具体的な調理の仕方など覚えるべきことは多いものです。
しかし、一つ忘れていないでしょうか?あなたが相手にするのは病気ではなく『人』であるということです。どんなに知識を持っていても相手が実行してくれなければ意味がありません。実際に患者さんが実行してくれないと感じている人も多いのではないでしょうか?
栄養指導の目的はまさに『人を動かす』ことです。栄養療法の知識と人を動かす秘訣両方を身につけることができれば、よりレベルの高い栄養指導をする事ができ、患者さんのためになります。
今回はどうしたら人が動いてくれるのか、デールカーネギーの名著『人を動かす』から栄養指導に役に立つ内容をまとめました。本書では人を動かすための原則が30個。豊富な実例とともに紹介されています。どれもシンプルな原則ですが効果絶大です。
是非参考にしていただき、栄養指導にお役立てください!!
クレーム対応や悩み相談を受けるときにも役立ちますよ。
人を動かすひけつとは?
本書には人を動かすための術が多く述べられていますが基本となるものは以下です。
人を動かす秘訣は、この世にただ一つしかない。この事実に気づいている人は、はなはだ少ないように思われる。しかし、人を動かす秘訣は間違いなく、一つしかないのである。すなわち、自ら動きたくなる気持ちをおこさせること――これが、秘訣だ。
D・カーネーギー 人を動かす 【文庫版】
やはり、誰かにいわれて無理やり行動するよりも、自分からやろうという気持ちにならないと人は動かないということです。
そのために大切なのが人の持つ根強い衝動である自らが重要人物たらんとする欲求を満たす=承認欲求を満たしてあげることです。
つまり、本書の核となる部分は【相手の承認欲求を満たして自分から行動してもらうこと】になります。ここを押さえたうえで本文を読み進めて下さい。
人の立場に身をおく
まずは相手の立場に立って考えることが大切です。
我々は、自分の問題を解決することには、いつでも関心を持っている。だから、その問題を解決するのに、セールスマンの売ろうとしているものが役にたつことが証明されさえすれば、こちらから進んで買う。
あなたも自分の欲しくないものをいくら熱心にセールスされても買う気にはならないと思います。「この人こっちのことは何も考えていないんだな」と思うはずです。
栄養指導では生活状況、家族構成、調理者、仕事など相手の背景を聞いたうえで最善と思われる方法を提案しましょう。一人暮らしで料理ができない人に具体的な調理方法を提案しても実行できません。そういった場合は外食でもできる減塩の方法などを提案した方が実行しやすいでしょう。
また、この食材は塩分量が多いから食べちゃダメ。と好物のものを禁止されることはつらいものです。この場合は塩分量が多いから頻度を控える。そのまま食べるのではなく料理の味付けとして使用するなど、相手の好きなものを食事制限の中でどのようにしたら食べられるのか考えましょう。
私がカリウム制限の指導を担当していた外来患者さんがいたのですが、あるとき他の栄養士に代理で栄養指導をしてもらいました。その次に私が栄養指導したときに、前回話した栄養士の話はもう聞きたくないといわれました。なぜそうなったのか話を聞くと、「バナナを食べてはけない」「野菜は茹でこぼさないといけない」と好きな物を禁止されたからでした。カリウムを減らす方法としてはバナナや生野菜を食べない事は正しいのですが、それが相手にとって最善の方法とは限りません。教科書通りの栄養指導なら今の時代はインターネットやAIが行ってくれるので管理栄養士は必要ありません。患者さんの話をちゃんと聞いて理解した上で、一番最適な方法を提案できる。そんな人間味のある管理栄養士がこれからの時代は必要であると感じます。
誠実な関心をよせる
以下のように人間は基本的に他人のことには関心を持たないものです。
ニューヨークの電話会社で、どんな言葉が一番よく使われているか、通話の詳細な研究をしたことがある。案の定、一番多く使われるのは”私”という言葉であった。
大勢と一生に自分が写っている写真を見る時、我々は、まず最初に誰の顔を探すか?
よって、まずはこちらから相手に誠実な関心をよせることが大切です。人間は自分に関心をよせてくれる人に関心をよせるからです。
相手に関心をよせる第一歩は相手の名前を覚えることです。「〇〇さん昨日は何を食べました?」など意識して名前を呼びましょう。自分の名前は誰しも必ず関心を持つもので、名前を呼ぶことは相手の存在を承認していることになります。関心を得るのに一番カンタンで効果的な方法です。ただし、呼びすぎると会話が不自然になるので注意が必要です。
笑顔を忘れない
栄養指導中常に心がけておきたいのは笑顔でいることです。笑顔は相手気持ちを明るくすることができます。病気の診断を受けて心が沈んでいる人でも管理栄養士が笑顔でいることで沈んだ気持ちがやわらぎます。こちらが笑顔でいると相手も笑顔を返してくれるようになります。不満そうな人にも明るい態度で接しましょう。もしも笑顔を見せる気分でない時は、無理にでも笑ってみましょう。人は行動することによって感情がその行動に合うように変わってきます。
無理にでも笑うことで気持ちも明るくなってきますよ。
聞き手にまわる
栄養指導では上手く話すスキルが必要です。そのために上手な話し方を練習する必要はありません。こちらから積極的に話すのではなく聞き手にまわればよいのです。食事療法に興味を持ってもらうためにはまずこちらが相手に興味を持って接しなければなりません。そのためにまずは相手の話を興味を持ってよく聞きましょう。診察では医師と話す時間が短く不安が解消されていない方も多いです。相手の不安を解消する事も管理栄養士の仕事の一つです。
自分の話をちゃんと聞いてくれる人の存在は大きいですよね。
初めて栄養指導をうけるかたの中にはもう自分の好きな物を食べられないんじゃないか。食事療法がとても大変なんじゃないかと不安になっている方がいます。ちゃんと話を聞いてその人の不安を受け止め、決して大変ではなく上手なやり方や、ひとつひとつできることがやっていけばいい。ということを伝えると最後に『安心しました』といって帰っていく方が多いです。『安心しました』と言ってもらえることは成功の形のひとつです。
関心のありかを見抜く
相手は食事のことばかり考えているわけではありません。食事の事は後回しで家族の事や仕事の方が優先順位が高いかもしれませんし、病気になったあとの生活のことしか頭にないかもしれません。栄養指導でいきなり食事のことを話しても受け入れられない場合は生活環境のことから来てみましょう。仕事や家庭の環境に配慮した食事指導なら受け入れてもらえる可能性は高くなります。人の心をとらえる近道は、相手がもっとも深い関心をもっている問題を話題にすることです。
心からほめる
人のもっとも根強い欲求は、重要な人物になりたいという願望。つまり承認欲求です。承認欲求をみたすめにはほめることが一番です。どんなに改善点が多い人でもまずは少しでもできていることを認めてあげましょう。改善点を伝えるのはその後です。改善点は一度に全部伝えてしまうとなにから実行してよいかわからなくなってしまいます。一番変えやすいところから伝えましょう。一度に全部伝えなくても相手自ら気づくこともあります。人から言われるよりも自分で気づいて行動したことの方が継続しやすいものです。自ら気づく余地を残しておくことも大切です。
やはりほめるって大切ですね。
議論を避ける
栄養指導において相手と議論して打ち負かすことは最悪の行動です。議論に勝つ最善の方法はこの世にただ一つ、それは議論を避けることです。たとえ議論して相手に勝ったとしてもその人の意見は変わりませんし、なによりも自分の自尊心を傷つけた相手の話を聞く気にはなりません。人は正しさではなく感情で行動するということを肝に銘じておく必要があります。こちらから意見を言うときは高圧的ではなく控えめに言うのが効果的です。「私としてはこう思いますがどうでしょうか?」のように、指摘事項は優しく伝えたほうが相手も自分の非を認めやすく改善につながります。
相手を自分の意見、つまり栄養指導の内容に賛成してもらいたければ相手に味方だと思ってもらう必要があります。そこで思い出してもらいたいのが「北風と太陽」です。幼い頃誰しも聞いたことがある童話ですが、多くの人が忘れています。太陽の優しく親切な説得はどんなに激しい力ずくのやり方より効果があるというものです。この童話の太陽のように相手には優しく穏やかな態度で接しましょう。
自分を味方と思ってもらうための魔法の文句があります。「もしも私があなたと同じ立場だったら同じように思うでしょう。」というものです。どんなに意地悪な人間でもこう答えられるとおとなしくなるものです。相手と同じ立場にたって考えているという誠実さが伝わる文言です。塩分などの制限を受け入れられない方は多いので活用の頻度は多いと思います。
太陽のようなあたたかさが大切ですね。
遠まわしに注意を与える
人に注意をする時、まず褒めてから次に”しかし”という言葉をはさんで批判的なことを言うことが多いですが、しかしという言葉は相手の信頼を遠ざけます。しかしではなく”そして”に変えましょう。「ここはできているしかし、ここはできていない。」が「ここはできているそして、ここをやったらもっとよくなる」に変わり、印象が全く変わります。
「しかし」と「そして」どちらの言葉を多用する人の話を聞きたいでしょうか?
しゃべらせる
相手のことを説得しようとして自分からばかりがしゃべるのは得策ではありません。相手に十分しゃべらせるのが説得への近道です。自分の話を聞いてくれた人のいうことは素直に聞き入れやすいものです。
患者さんの中にはとても話好きなひともいます。そういう人にすきなだけ話してもらうと平気で一時間はなすこともあります。特に一人暮らしのご高齢な方に多いような気がします。あまり時間がながくなると他の患者さんにも影響します。時には話が長引かないように時間を調節することも必要です。
思いつかせる
人から押しつけられるよりも、自分で思いついた意見の方が行動しやすいものです。栄養指導では普段の食事を振り返ってもらい、どこを変えたら食事療法が上手くいくのか相手自身にまずは考えてもらいましょう。こちらから提案する場合は「これをやってください」と命令するのではなく、「私が思う改善点は〇〇と□□と△△なのですがどれが一番実行できそうですか?」と意見を求め、相手が自分で選択する余地を残しておきましょう。自分自身で決めたという感覚を残すことが大切です。
まとめ
栄養指導の目標は、相手が自ら動きたくなる気持ちを引き出し、健康な食生活への自己変革を促すことです。相手の立場に立って考え、信頼関係を築くことで、より効果的な栄養指導が実現します。
デール・カーネギーの『人を動かす』を読んでより進化した栄養指導を目指しましょう!!